あたしが欲しいのは。
ん・・・。
長いまつげが微かに震え、ゆっくりとその下の蒼い瞳が現れる。
ユラユラと、体が宙に浮いたような、不安定な感覚。
視界に広がる天井がボンヤリと、回転しているような錯覚を覚える。
どうやら泥酔し、床で倒れてそのまま寝てしまっていたようだ。
自分の誕生日だからと言って、酒の勢いが乗りすぎたのが原因か。
“らしくない。”
酒を飲むにしても、少なからず理性は残すよう心がけているはずなのに。
そもそも、なんで自分は誕生日を祝おうなどと思ったのか。
今回に限って、なんでまた?
かろうじて残っている僅かな理性が自嘲するが、まもなくそれもアルコールの力によって霧散し消えて行く。
代わりになぜか、プッと吹き出した笑いが口を突く。
「んん・・・・・。」
力の上手く入らない、けだるい体を動かし、辺りを見回す。
無造作に開封され、リビングのそこかしこに積み上げられたプレゼント箱。
そしてそれらに書かれた、例外のない同じ宛名。
“惣流アスカラングレー様へ”
見知らぬ差出人の名前。
男の名前、女の名前、友人、ネルフ関係者、政治家、各国トップの名前。
箱から除く、高級ブランド品、宝飾品、花束、その他高価そうな品々。
・・・・・。
アスカにとっては、ただの、ゴミの山。
そんな物より、もっと大切な物があったはずだ。
普段のプライドや理性が麻痺した今、アスカは本能的にそれを探した。
「ない・・・。」
霞む意識の中、必死にそれを探すが見当たらない。
立ち上がることが出来ないので這いつくばるが、散らかされ山積みされたプレゼント箱やら包装紙やらが視界を遮って邪魔をする。
かろうじて力の入る手で掻き分け、のそりのそりと、匍匐前進。
「ヒック・・・。」
積まれた箱がバタバタと音を立てて崩れ落ち、頭や背中に降ってくるのが鬱陶しい。
「ヒック・・・。」
だが、このゴミの山のどこかにそれがあるのは確かだ。
“アスカへ。誕生日おめでとう。”
“加持リョウジ・ミサトより。”
途中、見慣れた名前の書かれた箱を見つけ、少し手が止まる。
だが、進行の邪魔になるので結局押しのける。
他にも、良く知った友人や知り合いの名前を見つけるが、やはり進行の妨げになるので押しのける。
「あった。」
しばらくの後、ようやく探し当てた。
視線の先には、泥酔し仰向けに倒れているシンジの姿。
アスカは力を振り絞って近寄り、力尽きたようにシンジの胸の上に倒れこむ。
どすっと音を立てる程の衝撃だったが、シンジが目を覚ます気配はない。
まぁ、無理も無い。
酒があまり飲めないのに、自分に無理を言われ相当に飲まされたのだから。
年に一度の誕生日。
シンジも今日ばかりは無理をしたのだろう。
「・・・・・。あんた、バカ。あ、ほ。」
シンジの胸の鼓動を聞きながら、自分でも意味不明な言葉を呟きながら、大きく息を吸い込む。
この匂いが気に入っている。心地よい。
アルコールで痺れた頭がさらに痺れ始める。
代わりに胸の奥が締め付けられ、苦しいほど窮屈になるのが難点なのだが。
・・・・・。
“普段の自分なら、絶対にこんな事はしない。”
“そう、不覚にも摂取しすぎたアルコールのせいなのだ。”
“こんなハズじゃなかった。”
…そう言えば、嘘になる。
そう、適当な言い掛かりをつけ、こんなに大酒を飲み、飲ませたのも、今のこの状況を作ろうと算段していた。
理性と、プライドの、片隅で。
・・・・・。
もう少し、もう少しだけだと、体を寄せる。
無意識に意識して、体の触れる部分を増やす。
いつ目を覚ましてもいいように、極力酔ったふりをして。
コトッ
体を寄せた拍子に、シンジのポケットから何か転がり落ちた。
リボンに包まれ包装された四角い箱。
きっと渡す前に酔い潰されてしまって渡せなかった、自分へのプレゼントだろう。
箱の大きさ、シンジの鈍チンなセンスを考えて、おそらく髪飾りか何か。
完全に麻痺しているはずの思考が、瞬間的に推測する。
・・・・・・・・。
だけど、こんな“物”が欲しいわけじゃない。
あんたからの誕生日プレゼントなんて欲しいわけじゃない。
あたしが欲しいのは。
箱をグッと鷲掴むと、アスカはそれを壁に投げつけた。
カコッと音がして、視界の外に外れて行った。
・・・あたしが欲しいのは。
視線をシンジの胸へと戻す。
頬を摺り寄せる。
再び、アスカの意識が眠りの淵に沈んで行く。
あたしが欲しいのは・・・
言わせるんじゃないわよ、バカ。
・
・
・
アスカ、20歳の誕生日の夜。
投げつけられ、少し歪んだ小さな箱の隙間から顔を除かせる、輝く婚約指輪。
目覚めたアスカがそれを見つけ、一筋の涙を流すまでには、まだ少しばかりの時間が必要だ。
(fin)
written by Synkrou
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