Nothing's Gonna Change


 




 

 



『惣流さん、ちょっといいかな?』

 

「おい…トウジ、来てみろよ、また校庭であの二人、捕まってるぜ」

 

『あの…惣流さん、今時間ある?』

 

「ホンマやな…あの二人見てまだ諦めへんちゅーのはある意味才能かもしれへんな。懲りんやっちゃでホンマに。しかもあんな大人数で」

 

『惣流さん−』

 

「もう少し二人がハッキリした態度を取ればいいんだろうけどね…碇くん、大人しいから」

 

『惣流さん−』

 

 

校庭に平手打ちの音が何回も響き渡る。思わず首をすくめる三人。







 

 

 

「ああーーーーっもう!いい加減ヤになるわねあの連中もっ!」

 

もうすぐ日も暮れようかという赤い空を眺めながら歩く二人の影。今叫んだ女性−惣流・アスカ・ラングレー17歳。あの戦いから3年、背がすらりと伸び、より女性らしいプロポーションがその美貌を引き立てている。その代償として彼女に言い寄ってくる男子生徒も増加してしまったのは致し方ないだろう。それが世の常というものだ。

で、彼女はそんな世の常に対して不満をぶち上げているのだ。


あいつらときたら性懲りもなく何度も何度も、ラブレターやら告白やら…よりにもよって、この、アタシに!?冗談じゃないわよ身の程を知りなさいっての!

「アスカ、もてるからね。しょうがないよ」

そう言って苦笑しながら隣を歩く男性−碇シンジ17歳、背丈はこの3年で急激に伸びてすっかりアスカを突き放す形になっている。母親譲りの目鼻立ちが手伝ってか女生徒には隠れた人気があるのだが…それに気付かせないアスカの手腕はたいした物である。

そう、この二人はすっかりいい感じのカップルになってしまっているのであった。
14歳の頃の、命の綱渡りをするような緊張した日々から開放され、本来あるべき姿の生き方というものを獲得したのだ。

それを知ってか知らずか…アスカにアタックを敢行する男子生徒は後を経たない。


「アンタねぇ、このアタシが男に言い寄られてるのよ?何とも思わないの!?」

「そりゃ嫌だけどさ…僕は、アスカを信じてるから、大丈夫だよ」

かぁっ。

な、なんで臆面もなくそういう事をさらりと言っちゃうのかしらコイツは…は、恥ずかしいけど…イヤじゃない。

「そ、そう…でも、もういい加減あいつらの相手も疲れるわよ!」

実際あいつらときたら手を変え品を変え…まったく、アタシにはちゃんとした恋人ってのが居るのになんで懲りないのかしら…本当に疲れるわ…

「アスカ?」

高校ってのも楽しいと言えば楽しいけど…それだけが悩みの種なのよね。アタシとシンジの貴重な時間を邪魔されるなんてとんでもない事だわ!まぁ、時々みんなの前でシンジに当たる事はあるけど…やっぱりあれが誤解を招いてるのかしら…

「アスカ?」

その声にはた、と気付くとシンジがこちらの顔を覗きこんでいる。
思わず顔がかぁーっと熱くなり、赤面していくのが自分でもわかる。こういう不意打ちには弱いのだ。

「な、な、何よシンジっ」

「着いたよ」

「え?」

「いや、だから、家に」

どうやら考え事をしているうちに到着してしまったようだ。

「あ、うん、ほら、早く入りましょ」

どうも考え事をすると周りが見えなくなるのがアタシの数少ない弱点と言えば弱点かもしれないわね…ま、それも隣にシンジが居たから安心してできるんだろうけど…って何考えてるのアタシは。

キーカードを玄関のスリットに通すとプシュッ、というコンプレッサーの空気が抜ける音がして扉が開く。





シンジが先に入りその後にアスカが入って扉が閉まった所で突然にシンジの背中にアスカがしがみついた。


「ん…アスカ、どうしたの?」

シンジは不思議と慌てない。背中で優しくアスカを受け止める。

「別に…ただ、こうしたかっただけ…」

前の方まで回された腕にぎゅっと力を込めてみる。頬がぐっとシンジの背中に強く当たって心臓の鼓動まで聞こえてきそうだ。

あたたかい−

「アスカは家に着くといつも急に大人しくなっちゃうよね。学校じゃ元気なのに」

「ん…こうやってね、バランスを取ってるの。こっちが本当のアタシ。こんな姿を見せるのはシンジだけで十分よ」

そう言ってますます腕に力を込める。


他人が居ないこの空間では変に気張る必要もないし…普段は世間体を気にして何となくシンジにきつめに当たっているけど、本当はそんなのはイヤ。学校では「バカシンジ」呼ばわりしてるのも後で後悔してる。でも、つい口に出しちゃうのよ…

好きなのに、大好きなのにね。

「あ、アスカ…」

「ん?なぁにシンジ」

甘い声。もうすっかり先程までの勢いはなりを潜めている。

「そのさ…む、胸がね、当たってるんだけど…」

「えっち」

シンジの反応が変に初々しくて笑ってしまう。

「いや、そう言われてもね…僕も、男だし…嬉しいけど、離してくれないかな。ほら、お茶の用意するからさ」

確かにそれもごもっともだけど、それも狙ってやってるのがまだわかってくれないのかしらねぇこの男は…まだまだ学習が必要よね。

「イヤ」

「イヤって…でもほら、離してくれないと中に入れないよ」

「いつものようにしてくれなきゃ、イヤ」

何時もながら自分で言ってて恥ずかしくなるわ。顔が紅くなっていくのがわかる…でも、こんな事言えるのもここに居るときだけ。相手がシンジだから。

「…しょうがないな」

苦笑してこちらにくるりと向き直るシンジ。
そしてアタシはそっと目を閉じ、至福の時を待つ。

「ん…」

そっとアタシの頬に手を添えて、もう片方の腕でゆっくりと腰を抱いて、唇が触れ合う、優しい優しいシンジのキス。まるで割れ物を扱うかのように、本当に優しくアタシを扱ってくれる。大好きよ、シンジ…



1分とも1時間ともつかない時間が流れて、シンジの唇が離れて行く感覚がとても遠いもののように思われて、やだ、頭がボーっとしてる。キスでも酔いって回るのかしらね。

お互いの視線と視線がぶつかり合う。シンジの真剣な目。いつもこんな表情ならもっと格好いいのに…でも、こんなシンジの顔が見れるのはアタシだけの特権。他の誰にも譲らないんだから。


でも、急に気恥ずかしくなってきて、アタシはシンジの頬にそっと改めてキスをすると照れ隠しに自分の部屋に駆け込んだ。

 

そんな様子にシンジは苦笑しながら部屋の中で赤面しているであろうアスカに呼び掛ける。

「アスカ、ケーキはチーズとイチゴのショートあるけどどっちがいい?」

「…今日は、チーズケーキがいい」

「わかった。紅茶入れるからさ、着替えておきなよ」

「う、うん」

戸の内側にもたれながらシンジがキッチンに向かう足音を聞く。やだ…まだ顔が熱い…普段はもっとナヨっとしてるくせに…あの目には弱いのよね。他の女があの目を見たらもうイチコロね…そうならないように頑張らなきゃ。

ああもう、まだ心臓がドキドキ言ってる…こっちから仕掛けたのになんでいつも最後にはシンジに主導権を握られちゃうのかしらね…それもイヤじゃないけど。というよりは、それが心地好いと感じてる…学校じゃ無敵のアスカ様、なのにね…これをヒカリが知ったら何て言うかしらね…卒倒するわ、きっと。

その時のヒカリの様子を想像すると、思わず口元が綻んで笑みが浮かんでくる。

でも、いくら親友でもこれだけは内緒。
シンジに依存してるアタシはちょっと情けない気もするしね。でも、シンジがもっとしっかりしてくれれば、それもいいかな、と思う。

「アスカぁ、紅茶が入ったよ」

「あ、今行くわ」

アタシが部屋を出ようとした瞬間、電話のベルが鳴った。キッチンに居たシンジがそれを取る。誰かしらね?

「ええ…ええ…はい、わかりました。あまり無理しないでくださいね」

あの口調からすると…ミサトね。

ミサトはあの戦いの後に主権を握ったネルフで相変わらず頑張っている。アタシたちがこうしてまた普通に生活できるように頑張ってくれたのもミサト。今でも仕事が遅くなったり徹夜になったりする時もある。だからアタシはミサトには本当に感謝しているんだ。

…こんな事、本人には面と向かって言えないけどね。照れ臭いじゃない。

「ええ、朝食は作っておきます…わかりました…え?…な、何言ってるんですか!もう!…はい」

「ミサト?」

電話を切ったシンジに聞いてみる。

「うん、今日も徹夜になるんだって」

「そう…それじゃ、今夜は二人っきりってわけね」

「え、あ、あ、そうだね」

「何うろたえてるのよアンタ。さっき玄関であれほどの事しておいて」

「う…でもさ…」

なんか煮え切らない態度ねぇ。

「アタシと二人っきりなの、嫌?」

小首を傾げて上目使いに、寂しげに尋ねる。こういう時はこの手に限るわ。シンジもこの言い方には弱いみたいだし。

「そ、そ、そんなことないよ!!そりゃ僕だって…その…嬉しいけど…」

「けど?」

「ミサトさんが頑張ってるのにそういうのは…どうかな、と思って」

優しいんだ…シンジ。

「そういえばさっきの電話、切る前に何言われたの?」

「え!…いや、その…」

「何よ、アタシには話せないこと?いーですよーだ。ふん。アタシはどうせのけ者なのね…」

少しすねてやったりする。

「ち、違うよ!あ、あのさ…ミサトさんがね、子供はまだ早いから、って…」

かぁっ

「な、何を言ってんのよミサトわぁっ!」

「「…」」


…気まずい沈黙。そうよね、今夜ミサトが帰ってこないってことは、そういう事よね…いや、そりゃ、した事が無いとは言わないけど、それにしても何てストレートな物言いなのかしら…

「あ、あのさアスカ、紅茶冷めちゃうから、ケーキもあるし、食べようよ」

先に沈黙を破ったのはシンジの方だった。

「そ、そうね。早く食べましょ」

アタシもその提案に乗ってやることにした。だってこのままじゃ本当に紅茶が冷めちゃうしね。



やっぱりシンジが煎れてくれた紅茶はおいしいわねぇ…アタシがやってもこうは行かないのは何故だろう?そう思ってシンジの方を見ると、シンジも黙々とケーキを食べている。端のほうから食べているからまだイチゴが残ってるのよねぇ。おいしいものを最後に食べるタイプなのかしら?

「いっただきーぃ」

そう言ってアタシはシンジのショートケーキに手を伸ばすとその上に乗っていたイチゴを拝借した。イチゴのショートケーキってくらいだからイチゴが一番重要な要素なのだ。

「ああっ」

「ふっふ〜ん、いっただっきま〜す」

ぱくっ…ああ美味しい。やっぱりショートケーキのイチゴってのは普通のイチゴよりもどことなく違った美味しさがあるような気がするわね。

「酷いよアスカ…これから食べる所だったのに」

あらら、このままじゃシンジが機嫌を損ねちゃう。

「そんなにイチゴ食べたかった?」

口の中でころころと半壊したイチゴを転がしながら言ってみる。

「え…?うん」

「…そう」

そう言うとアタシはシンジの首をぐっと引き寄せるとその唇を奪い、その中にイチゴを送り込んでやった。あらら…目を白黒させちゃって。で、でもアンタがイチゴが食べたいって言うからよ!そう!このアタシの優しさってやつよ!

「ん、んぐっ!?」

「……」

ま、あんまり長い間やってるとそういう気分になっちゃうからダメね。まだ時間も早いし。そう思ってそっと唇を離すとシンジが真っ赤になっている。

「……おいしかった?」

「…は、はい」

あ…よく考えるとすごい事してたのねアタシって…そう思ってシンジの赤面する様子を見てたらこっちまで顔が紅くなってきて…ああああああもう恥ずかしい!

だったらするな、って?うるさいわね…こういう事は後先考えずにしちゃうのよ。

「そ、そう。こ、紅茶もおいしかったわよ。ごちそうさま」

そう言って慌てて部屋に駆け込む。このままシンジの顔なんて直視できるわけないじゃない!照れ臭くてしょうがないわよ!



部屋に駆け込むアスカの後ろ姿を見守りながらシンジは呟く。

「あ、本当にこのイチゴ、美味しいや…」









 

 

夕食は流石にこんな調子じゃなかったわよ。もちろん。


でもシンジがいつもアタシを気遣ってくれているのが感じられて、本当に何でも話せちゃうんだ。シンジが聞き上手ってのもあるけど。学校の事、流行の事、テレビの事…夕食の時間はこんな他愛もない事を沢山話す。

お互いちゃんと話をすることが最大のコミュニケーションだと思っているからこの時間はとても重要。アタシの話ばかりでなくシンジの話も聞いてあげる。昔に比べたらお互い格段の進歩ね。

「ね…シンジ」

食事の後、シンジが煎れてくれたお茶をすすりながら後片付けをするシンジに話し掛ける。シンジの動きはせわしない、くるくると狭いキッチンの中でよく動く。手際もいいし…はぁ、この様子じゃまだまだシンジには家事で勝てそうにないなぁ…

「なに?」

布巾でテーブルを拭きながらシンジが応答する。
そんな様子を頬杖をつきながら見守るアタシは、そっと、囁くように聞いてみる。

「アタシは…シンジの事が好き。シンジは?」

何でアタシもこんな事わざわざ聞くのかしらね。でも時折不安になるのよ。どれだけ相手を好きでも、好かれていると解っていても、どうしようもなく不安になる時がある。今がその時とは言わないけど、でもどことなく不安があったのは本当。

テーブルを拭く手を休めてシンジがそっと顔を上げる。

「もちろん。でも好きっていうのとは違うかな」

「な、何よそれ!」

予想外の返答に思わずダンっと机を叩いて立ち上がる。

「愛してる」

「っ!…はぁ〜」

体中の力が抜けてまた椅子に座りなおしてしまった。

まったくもうこの男はなんで臆面もなくこういう事を言えるのかしら!ここまで来ると呆れるわ。ええ、ええ、そうよ!アタシだって愛してるわよ!悪い!?

「…参ったわよ。今日はアタシの完敗」

頬杖を再びついて片方の手でひらひらと白旗を振ってやる。降参。

「そりゃどうも。でもね、今言った事は嘘でも何でもないからね」

「うん…」

あったかい…胸にじわっと広がる暖かな気持ちが心地好い。
人に愛されるってことがこんなに嬉しいものだなんて。

あれ…

あれ…

不意に涙が溢れそうになってきて、それをシンジに見られるのもなんとなく悔しかったので自分の部屋から着替えを持ってくるとそのままお風呂に入ることにした。

ああいう言葉には弱いのよっ!まったく…女の子泣かせたんだから責任取ってもらうからねっ!

 




今日も長い1日が終わる。シンジは既に自室で寝る準備をしているようだ。今日は…いい雰囲気だしミサトも居ないけど朝には帰ってくるだろうから、そういうのは無し。朝に二人で素っ裸で寝てる所を見つかるなんて冗談じゃないわ。

じゃ、ちゃんと終わってから服を着ればいいかと言えば…それも無理な話なのよねぇ。お互い何も着ずに、肌の温もりが100%伝わるように寝るっても捨てがたいほど気持ち良いことなのよ…って何言ってるんだろう、アタシ。

というわけで、今日は妥協。

「シンジ」

「ん?どうしたのアスカ?」

シンジの部屋に入った時、シーツを張り替えているようだった。どことなく声に緊張の色が混ざっているのを感じる。自分を意識しているのがわかる。

「あの、さ…朝にはミサトが帰ってくるから、今日は…その、ダメなんだけど、一緒に、寝ていい?」

「え、あ、うん、別に、構わないけど」

どことなく残念そうな響きがあるわね。まぁ健康な男子なんだからちょっとは期待してた部分もあったんだろうけど…でもシンジのそういう部分も垣間見れるのはアタシだけ、と思うとちょっとだけ嬉しくなる。




「電気、消すよ」

「うん」

パチンと音がして部屋の中が真っ暗になる。アタシはシンジの片腕を枕にして、しがみつくようにして寝ている格好だ。あたたかい。シンジの温もり。これなら今夜もいい夢が見れそうね。時折あの日の悪夢にうなされる事もあったけど、お互いがお互いの気持ちを認めあってから、ほとんど見る事は無くなった。

でも、今でもそれが怖いから、こうしてシンジに横に居てもらう。
安心できるから。守ってくれるから。

ホント、アタシも弱くなったわね…
学校じゃそんな素振りは絶対に見せないようにしているけど。シンジを信じているから。アタシを、信じてくれるから。

 


my heart is like a sattelite of yours

学校でのアタシが太陽なら、家でのアタシはまるでシンジを中心にした衛星のように。
お互いが影響しあって成り立っているこの距離感。

 



round round round around you.

でも決して離れることなく、ずっとアタシはシンジの傍に居る。回り続ける。


 




今日も学校や家事で疲れたのだろう、シンジが静かな寝息を立てはじめた。

明日もまたきつく当たるかもしれないけど、許してね。









 


 

 



おやすみ、シンジ。

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

初めてアスカ視点中心のSSを書きました…結構楽しく書けるもんですね。これなら後数本は書けそうですが…それはまたいずれ別の機会に…にしても、内容、痒いですね。書いてて痒くなってきました。ダメっぽいです(笑)

タイトルと最後の部分ににピピっと来た方は是非お便り下さい。

 

感想など頂けたら幸いです。 sango@evangelion.net


2000/06/12 さんご


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